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01/03/2015

軍師官兵衛と会津の関係を発見

2015年も明けた。そろそろ仕事モードにしなければまずいぞ☺️

9連休の年末年始。完全OFFで撮り溜めた連ドラを観る。

幕末好きの俺だけど、映画『清洲会議』を観るなど戦国時代にも興味出た2014年。

大河ドラマ『軍師官兵衛』も頑張って全編を観る事が出来た。それと『信長協奏曲』も…。

信長協奏曲は、史実とは違っているのだが、信長が三成で信長がサブローで???秀吉が信長を狙ってて、家康は頼りないキャラで『脱糞おなご大名』という異名を持つなど、歴史の流れが分かるだけに映画化される続きが気になる所。


軍師官兵衛も個々のキャラがしっかり描かれていた印象。個人的には二階堂ふみファンとしては茶々に注目して観てたのだが、後半黒田家と徳川家との政略結婚で黒田長政に嫁いだ栄姫(吉本 実憂)に興味。

栄姫は信州高遠城主の保科正直氏の娘。母は久松俊勝の娘・多劫姫で、多劫姫の母は家康の実母・於大の方であるため、家康には姪にあたる。


保科家と言えば会津藩祖保科正之に通じることからまた新たな結びつきの歴史に触れることが出来た喜び( ̄+ー ̄)

栄姫をさらに調べる…


慶長5年(1600年)6月6日、伯父である徳川家康の養女として、先妻の糸姫と離縁した黒田長政に嫁いだ。その際、化粧料として豊後国玖珠郡領内に1000石を賜った。関ヶ原の戦いの寸前、西軍による妻女人質計画があった際、黒田家家臣栗山利安らの導きで、大坂天満の黒田屋敷から脱して長政の領国である豊前国中津まで船で逃れている。長政との間には嫡子、忠之(福岡藩2代藩主)・長興(秋月藩藩祖)・高政(東蓮寺藩藩祖)・徳姫(榊原忠次正室)・亀子姫(池田輝興正室)の三男二女を儲けた。



福岡藩がお家騒動である黒田騒動を乗り切って後の寛永12年(1635年)、病床ながら次代藩主である孫・吉兵衛(光之)の江戸幕府3代将軍・徳川家光への謁見に江戸城へ随行した。その後間もなく黒田藩江戸桜田屋敷にて死去。法名も同じく大涼院。当初は西久保の天徳寺に葬られたが、現在は黒田家菩提寺、渋谷区祥雲寺に墓所がある。また、秋月藩主になった次男の長興は、母の菩提を弔うために、秋月山浄仙院大涼寺(朝倉市秋月)を建立している。



wekipedeliaより

2015年大河ドラマはまた幕末。また色々結びつきを考えて注目したい。

薄っぺらい書き込みでゴメン。

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