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01/18/2007

「散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官 栗林忠道」を読む!そして”衝撃の最期”の真相は如何に?! 

同僚から借りた「散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官 栗林忠道」(新潮社 梯久美子著)を一気に読み、やっと読み終わった。

風林火山、武田信玄-新田次郎著借りてきたけど、途中で浮気・・・風の巻だけ斜め読みしたけど、それを横に\(・_\)その話しは (/_・)/こっちにおいといて

映画『硫黄島からの手紙』を見たからリンクして栗林忠道という人の生き様に感銘を受けた。

Bungei1 最新の文藝春秋2月号をチラッと、本屋で立ち読みm(__;)m、梯久美子氏がまたまた気になる新たなる知見?!『闘魂 硫黄島――小笠原兵団参謀の回想』著 故堀江氏の発言から諸説が浮上。栗林中将の最期がまたまた話題になっていた。実は栗林指揮官は米軍上陸後、ノイローゼで投降、部下に斬殺説された?という気になる記事。美化しすぎの栗林忠道氏危うしぬぅ(; ̄- ̄)…映画の最期は部下に首をはねろと指令するシーンや小銃で腹部を撃ち自殺。米軍に見つからぬように、西郷に俺の遺体を埋めろと死の直前に指示出していたが・・・・。

まだまだ諸説あり。バロン西との不仲説。8月15日の終戦まで生きていた説まで。梯久美子氏の心情をお察しする。防衛省だっけ?戦争当時の書類等は現在閲覧できるんだね、スゴ。結局、堀江氏の発言を裏付けるものはなく、ヒヤヒヤ。死亡する直前までの行動は証明されるものありで、俺の中の栗林中将の人物像は生きている。最期、その部分は結局、ベールに包まれてたまま。本当にホッ(-。-;)

「予は常に諸氏の先頭にあり」

軍の大将が先陣を切って飛び出す事はありえないという説もあるが、栗林中将のアメリカナイズされた合理的主義。人間性からそれもありかと。ただ、彼は「アメリカをもっとも苦しめ、それゆえにアメリカからもっとも尊敬された男」である事実。目の前の敵ばかりでなく、アメリカの世論を視野に入れて出血持久戦に。そうすることで本土攻撃を阻止、ひいては終戦にとの思惑も画策する冷静さ。ただ戦場はそんな甘いものではないわけだが・・・・

戦後、戦後60年。映画、ドラマから長野市松城町出身の栗林忠道氏の生き様を知って改めて眉間にしわを寄せ、時には熱いものがこみ上げてきた。今まで、戦争の事は漠然と理解しているだけ、あまり意識しなかった。戦争の悲惨さ、戦没者のこと、靖国問題何?A級戦犯?意識もせず、ただ戦後も戦後の高度経済成長の始まりに生まれたものとして、ただ生きていた。我がお祖父さんも戦地に赴いたことは聞かされたことはあったが、深くは思わず。そして、今は・・・・・いい時代に生まれたんだなあとつくづく。今の我々があるのは、そういう歴史の変遷があったからこそと思いたい。

硫黄島だけではないが、無惨な戦争は二度と起こらないように、また戦って死んだ人々の歴史は知るべきだって思ったし、子供たちにも教えてあげたい。

逆に今の人間の我慢の無さ、弱さを感じる・・・・・・・

水もない生活を想像したことがあるか、物資も不足し、硫黄まみれの暗闇の洞窟の中で生活になんて想像したらたぶん耐えられないと思う。話はかなり飛躍しすぎだが、当時G清原が「泥水を飲む覚悟」と生き残りを誓ったことを思い出したが、まさにハングリー精神は比較にならない。

硫黄島では泥水も聖水に見える。実際すくって飲んだと言う話だ。やはり、極限状態は計り知れない。ノイローゼにもなるかあ(-。-) ボソッ

話戻そう・・・・

硫黄島からの手紙・・・・やはり家族、妻や子たちの事は気にかかる。拠り所は、家族との手紙、写真。家族との手紙のやり取りも、戦地での悲惨さは書き記すことが許されない。愚痴もご法度だったようだ。当然、嘆きや批判めいたことだって・・・

家族のことを思い、少しでも楽しい事を見つけて・・・栗林氏も硫黄島のヒヨコの話を娘に。自分の残した家族の事を想像して書き記す。栗林中将も妻へ、息子太郎へ、娘たか子へ。お勝手の下から吹き上げる風を防ぐ措置をしてこなかったことを悔やむ姿。南国の離れた島から、父親の威厳を保つ姿・・・。

指揮官として合理主義的な考え方。屈しない姿。過去の慣例に捉われず、食生活も部下と同じもの、自宅からの差し入れも断り、常に兵士、部下の苦しみの近くにあることを課した。

「生きて本土には帰れない。」必ず負ける戦いだが、1日でも生きて戦うことの重要性を説き、食糧も水も枯渇し、消耗した体力の兵士たちだが、最期までバンザイ突撃を禁じ、アメリカ兵に立ち向かう。

 硫黄島での戦いで死ぬことになるが、勇敢にお国のために戦った俺達の死を悼み、日本国民が哀悼の意を唱える時代が必ずやってくると信じよう。だから、お国のために殉じるのみ・・・・

 映画の中でも総攻撃直前に栗林中将が部下にこんな意味の言葉を唱えたのが印象的で心に響く。

 高校野球甲子園大会での終戦の日の黙祷とか、形式的でなくこういうことを知ると奥が深い。

あの有名な擂鉢山の星条旗。星条旗を巻きつけたのは、日本兵が雨水を蓄える貯水槽で使用したパイプだったらしい。米兵がスクラップの中から見つけ出した物だ。擂鉢山を4日で奪われ、5日で陥落すると思われたが、36日間に及び米兵も2万人以上の犠牲者を出した。擂鉢山で星条旗を掲げた米兵6人中3人は戦死。歴史的瞬間に立ち会った40人中、自分の足で船に乗り込めたのは、たった4名だった。米兵も痛手、尊い命が奪われた戦争なのだ。

兵士の美学?ではなく本質的な戦いに挑み、玉砕禁止、バンザイ突撃禁じ、兵士たちの気持ちを汲んで、最期の最期まで冷静かつ沈着に戦いを挑んだ指揮官。総攻撃前に本土大本営に送った電文。軍人としては美学を重んじる体質にあって、「悲しき」や「生き地獄」などご法度の表現を使い、部下達を労いの言葉が、悲しみをそそる。「すべての兵士の死は名誉ある死」であると書の一節。生きる苦しみ、死ぬる恐怖。すべてが戦いだった硫黄島。

当時は当たり前だったのかもしれないが、大本営が人を人と思わない体質にちょっと憤慨。栗林中将は妥協を許さない。生き様を、そしてすべての兵士たちの思いを、無念にもお国のために命を捧げた兵士たちの生き地獄の生活を知らしめるための行動を代弁しているかのように。これだけの紛れもなく史実が証明する。

 ああ、ちょっとくどかったね。

 でも、この本読む価値あるよ。

大袈裟かもしれないけど、人生観変わる。マジで。

我が社の上司も読んで理解して欲しい(-。-) ボソッ

 

『硫黄島からの手紙』ゴールデングローブ賞の外国映画賞だっけ。受賞したね。

全世界の注目作品、やっぱり見た甲斐があった。

さてこれですっきり武田信玄読める?!ああ、読み終わらず、返却予定日過ぎた。(-。-) ボソッ

そして今日 「父親たちの星条旗」ジェームズ・ブラッドリー/ロン・パワーズ著大島英美訳借りてきてしまった。ヤバ・・・(;´д`)トホホ