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Posts from January 23, 2005 - January 29, 2005

01/28/2005

プロ野球、再編どころか、メジャー移籍あいつぐ?!

プロ野球の来シーズンの日程が発表になった。新たな試みとしてセ・パ交流試合が5月6日から6月16日まで催される。
長野オリンピックスタジアムでも、巨人VS千葉ロッテが5月24日。
そして、パリーグ公式戦、西武ライオンズVS東北楽天ゴールデンイーグルスが6月25日(土)、26日(日)にカードが組まれている。

残念ながら、長野は、楽天のフランチャイズにはならなかったけど、新球団の楽天、そしてジャイアンツが、長野に来るのは、非常に興味深いことと思っている。

だがしかし、今日の「上原トレード志願、ポスティングでメジャー移籍」の文字。

イチロー、松井らの活躍は、すでにメジャーでも一目の超一流。
そのほか、野手では、田口、松井稼
投手では、野茂、石井、高津、大塚、大家、長谷川、木田・・・・
日本人大リーガーは珍しくなくなったが、来シーズンからメジャー挑戦がここへ来て、相次いでいる。

メジャー挑戦が非常に現実身を帯びてきている。

藪:アスレチックス
井口:Wソックス
中村:ドジャース
デニー友利:Rソックス

そして、今日の紙面には、上原、井川のセリーグを代表する投手の名。
プロ野球再編、新球団が発足し、これからキャンプインと思いきや、来シーズンからの移籍を希望?
「契約金返しても、年俸下げられても、いきたい。?!」
ちょっとしたドタバタ劇。
球団側も「はい、そうですか。どうぞ」とはいえない巨人、阪神の両エース。
それこそ、プロ野球人気を象徴する2球団、球界を代表するエースなので、この問題は、非常に深刻な問題か?

プロであれば、実力主義の社会だからこそ、大リーグ挑戦が当たり前?!
ベースボール発祥の地への憧れ。挑戦。
大リーグへの夢かあ。確かに上原は巨人入団か、メジャー入団かの話題も当時あった。

上原29歳、井川25歳。

互いにまだ、FA資格が取得できないので、ポスティング制度での移籍を希望。
その気持ちは分からんでもないが、プロ野球の人気の低落ぶり、魅力のなさなのかな~。
挑戦するからには、結果も出したい。メジャーに移籍する年齢が重要なのかもしれない。
藪、デニーのように、俺と同世代で移籍するのとは訳が違う?!(頑張ってほしいけど)

代理人を立てての交渉、そして、交渉決裂。自費キャンプ、球団との折り合いがつかずに、揉め事なっているのが気にかかるところ。もう少し、柔軟に、スムーズにというか、移籍出来るようなシステムを構築する必要がそろそろ必要なのかもしれないね。

確かにイチローや松井の活躍でメジャーへの道は、非常に近いものにはなったのは事実だけれども、一体、本家本元の日本プロ野球はどうなってしまうのだろう?!

古田選手ら、プロ野球選手会が頑張ったプロ野球再編問題も一応決着したはずで、これから今シーズンが始まるところなのに、巨人ブランドの崩壊、球団経営の相次ぐ悪化が露呈され、また再編へとなってしまいそう。
果たして打開策はあるのだろうか?

結論!
身近なところでプロ野球。球場に足を運ばなければどうにもこうにも。
やはり、地方という言い方は、ちと田舎くさいが、地域密着型のプロ野球、チームでなければならないのかな?
だから、年に何回か、長野で公式戦があれば、嬉しいし、いきたいと思うのは俺だけではないはず。

そして、やはり、本物のスーパープレー、真剣勝負を期待する。
選手達も、そんなプロ野球選手に憧れていたのではないか。
そんな意味からすると、現在のプロ野球は、ややその辺に欠如しているのかなー。
プロ野球ファンとして、そんなことを思いました。\( ̄ー ̄)/ ほ~い

01/25/2005

会津に行く前に・・・

いよいよ念願の会津若松行きが迫ってきた。
1泊2日なので、じっくりとはいかないけど、下調べ。
飯盛山、白虎隊博物館、会津武家屋敷、旧滝沢本陣、鶴ヶ城・・・・
泊まりは、土方歳三ゆかりの宿、会津東山温泉「不動滝旅館」

そして、物見遊山中心?で歴史は関係なしの酒飲みメンバーにも、いくらかイレコミ情報をと、会津の歴史についての、講釈なんぞも考えたり。
思わず、司馬遼太郎の「王城の護衛者」を読み出した。
この本は、以前に購入した本だが、たまたま書棚にあって、ぱらぱらめくったら、もう一度読んでみたくなった。

これは、悲劇の藩主、そう新選組!では、筒井道隆が演じた松平容保の話。

「会津松平家というのは、ほんのかりそめの恋から出発してる。」

二代将軍、徳川秀忠は、女性に対しては、真面目で、女遊びなどしない男だった。
だがしかし、一回だけ、待女に手をつけ、身ごもった。
正室を恐れるがゆえに、見つかってはいけないと、かくまってもらう。
そして、男子が生まれ、7歳のときに、信州高遠の城主、保科正光に預けられ、正光の子として育った。

これが、保科正之である。
w(゜o゜)w オオー!信州との結びつき。高遠そばが会津で食べれるのはその所以ということかあ~。

秀忠の死後に、会津23万石を貰い、若松城主になる。
初代会津藩主である正之は、謹直な性格の男。
そして、十五箇条からなる家訓。

「我が子孫たる者は将軍に対し一途に忠勤をはげめ。他の大名の例をもって我が家を考えてはならない。もしわしの子孫で二心を抱くような者あればそれはわしの子孫ではない。家来たちはそのようなものに服従してはならない。」(司馬遼太郎、王城の護衛者より)

これが将来、将軍に忠誠を誓って京都守護職に拝命された松平容保に通ずるわけかあ~。

仏式ではなく、神式という異例の家であることとして戒名ではなく、神号で祭られる。
とにかく、会津松平家の不思議が書かれている。

真面目を絵に描いたような人物像は、秀忠公の血筋であることの証明なのかな?
思わず、ベーヤン、堀内孝雄を思い出す。

♪生真面目すぎた~真っすぐな道。不器用者だと思いますか?もう少し時が緩やかに過ぎたなら~♪
♪愛しき日々のはかなさは、秘め残る夢、永遠の涙~♪「愛しき日々」より

(やや歌詞間違っているかもしれないけど・・・・)

たぶん会津に行くときには、これをバッググラウンドミュージックとして聞きたい。
\( ̄ー ̄)/ ほ~い

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