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Posts from October 24, 2004 - October 30, 2004

10/29/2004

新潟県中越地震に思う

92時間ぶりに、男児救出のニュースを移動中の車内ラジオで聞いた。
瓦礫の中に埋まっている車の中で、えっ?!生きていた。思わず、ビックリしたのと同時に、同じ子を持つ親として、「よく頑張ったね。」と、胸が詰まる思いだった。
当然、3人が救出されるものだとばかり、信じていたので、お母さん、お姉ちゃんは、崩落直後の死を伝えられると、2歳の子が、一人その場で5日間も放置されていたことがショックでなりません。
お母さん、お姉ちゃんが励まし、そしていちるの望みで諦めなかったお父さんの思いが、奇跡的に車を発見、そして、救出劇につながったのだと思いました。
ハイパーレスキュー隊、長野市消防団らの皆さんの「声を聞いて、絶対助け出そう。」余震の続く中、自分達も危険にさらされているにもかかわらずの小さな命を助けた決死の救出劇は、感動しました。
今後は、優太くんの精神的なケア、事実関係がまだよく判らないかもしれないけど、将来、現実を受止めた時のショックだけは、和らげてほしいと節に願う。マスコミの皆さんにもお願いしたい。

新潟県中越地震、余震活動が活発なまま、被災地では、不安な日々が続いている。
毎日ニュースで、情報を知るたびに、精神的なダメージもピークに達していることが気がかりだ。
逆に、自立しようと、自分達でシャワールームや仮設トイレを作ったり、家庭で取れた農産物を持ち寄って、炊き出しをしたりしている様子が映し出されると、農村部の強さ、人間の生きるための手段として、体を張って自らの手で出来ることのすごさを感じ、勇気付けられる思いがした。

我々の仲間が、被災地の現地にボランティアとして赴いている。
3日程度の交代で行くことになるので、そのうち、出番もあるかもしれない。
新潟県という身近な出来事であるし、少しでも早く災害復旧ができるようにと祈る。
また、自分が、“もしも”災害に遭遇したときには、何か出来るか、どうしたらいいのか、用意しておくものはなんだろう、そんな思いに駆られます。

10/26/2004

西武優勝、残念!中日悲願ならず

日本シリーズ第7戦。西武の勢いを止めることが出来なかった。
まあ、どちらが勝っても、とにかくわくわくするような試合展開、流れ的には、50年ぶりに期待をしていたんだ。

ホームで、落合監督の胴上げ、感動のインタビューの夢も叶わなかった。

序盤のミスで失点を重ね、シリーズ好投した山井。得意のスライダーは、今回はカブレラに捕まって、大量失点。
流れを終始西武から、もってくることが出来なかったね。

西武は、第6戦で投げた松坂まで投入する余裕?伊東監督の采配。
競った場面でもなかったので、松坂でなくても良かったのではという声もあったけど。

逆に、落合監督の思惑は、川上憲伸の投入?のもくろみは叶わなかったね。(あくまでも想像です。)
最終回に3連打で2点を返し、中日も最後の意地も見せてくれたけど、すでに遅しのゲームセット。

第7戦まで、もつれた試合展開は、やはり野球の面白さを見せてくれた。
また、西武は、プレーオフからの15試合をフルに戦って見事の逆転勝利。

伊東監督のインタビュー。
「日ハム、ダイエー、中日の選手の感謝、感謝、感謝・・・・・。」
そして雄たけび「勝ったぞ~」

それも12年ぶりの日本一とは、西武も久しぶりの優勝だったんだね。おめでとう!
経験のないフレッシュな顔ぶれだから、勝てって良かったね。

年俸調べても、1億円以上は、和田、松坂、豊田、カブレラ・・・くらい?。

まだ、5年以下の選手が多くて、それこそ今年開花した選手も少なくない。
MVPの石井貴にしたって、レギュラーシーズンはわずか2勝とか。
年俸も推定6千万の選手なんだね。
それが、シリーズ2勝とは、最後の最後に男を、見せてくれた。

中島、佐藤、赤田、長田、小野寺、パリーグなじみないんでね、まったく分からなかったけど、これだけ、試合の流れが変わったシリーズもめずらしいし、また、それぞれの選手が持ち味を発揮して、活躍が出来たシリーズ。
久しぶりに面白いシリーズだった。

中日も同様、互いに若手を育成してきた結果が開眼したってとこだね。
打ってよし、守ってよし、走ってよし。プロの野球を見せてくれたね。

我が巨人については、言いたかないが、即戦力以外の生え抜き選手はほとんど控え。若手が育ったっていう例は最近ないよね。
また、みんな他球団の4番をもってきて、外人にいたっても、お古。
記録的なホームラン数を打ったが、走れない、守れない。
そして、打線は日替わり。フルに活躍できる選手がいない。
また、H監督の無策ぶり。4番は高橋由。
なぜならば、「はえぬき」だからという理由に唖然。(-。-) ボソッ
盗塁数は、中日の荒木とか井端の個人の盗塁数にチーム盗塁数が負けてるだぜ。
スピード&チャージなんていっていた時代が懐かしいね。
これじゃあ、やっぱり勝てないね。投手についても、見劣りするね。最近。
あれれ、巨人は関係ないのに・・・・。

話がそれた。スマン。

今年の日本シリーズ、プレーオフは通じて、野球そのものを楽しめた感じ。
それは、やはり、つながりのある打線、チーム一丸、勢い。それぞれのチームが見せてくれたので。
落合、伊東の両監督に、まさに感謝( ̄人 ̄)感謝ですわ。

和田、松坂が語った。
「今回のシリーズでは、心の中に、アテネ、オリンピックの精神が生きていると・・・・」
負けたら終わり・・・・日の丸を背負って戦ったアテネ五輪の精神が宿ってると。
やっぱり、アテネは熱かった!

とにかく西武、中日、いい試合をありがとう。
選手の皆様、ご苦労さまでした。\( ̄ー ̄)/ ほ~い

10/24/2004

日本列島が危険にさらされている

台風23号に引き続き、今度は新潟を震源とする直下型地震。震度6強、M6.8
長野市内も震度4、大きく揺れました。

ちょうど、息子の誕生日のお祝いを外食でってことで、市内の飲食店内で過ごしている最中の出来事でした。
最初は、寝不足で、だいぶ体がふわふわするなあ~っていう感覚から、上から下がる蛍光灯が大きく揺れている様子、子供達、周囲のざわめきから、地震であることが確認できました。

テレビ、ラジオなどが手元になく、店内でも特別アナウンスもなかったのですが、すぐさま、友人にメールをし、新潟が震源であることを知りました。

それから、何度と、どれが余震で、本震なのか、分からないくらい、強い揺れが断続的にあり、真ん中の娘7歳は、怖くなり、一人ナーバスになり、食事も喉に通らない状態ということで、地震の大きさを想像してみてください。

帰ってきて、この家の中でも3階に位置する関係もあって、帰ってきてからも、寝るまでの間、何度となく揺れを感じ、このパソコンのモニターがギシギシ音を立てていましたよ。

災害は忘れないころにやってくる?やってきた!

台風でも大きな爪あとを残したので、まさに泣き面にハチ状態。
ちょうど、夜に差し掛かる時間帯だし、またこの日は初冬を思わせるような寒さ。
さらに停電騒ぎ、倒壊、道の陥没などが起きているようで、非常に被災地付近の深刻さを察します。
特に新潟は、今年豪雨災害があった年ですね。
日本列島が危険にさらされている感じがします。

昨日は、思わず災害避難用のリュック、懐中電灯を確認しました。
たぶん阪神・淡路大震災の跡に用意したもので、約10年弱。
上の息子が10歳の誕生日ですもんね。
すでに、非常食が期限切れであったり、昔に用意したので、子供のオムツなんかも入っていたり。
これを機会に見直します。
携帯ラジオもあったほうがいいですね。

今朝、新聞で、長野-新潟の活断層帯の存在を知りました。
この辺は地震災害はノーマークというか、40年前は頻繁に地震があった活断層帯も最近は大型地震がなかったことで、将来は大規模地震が想定されていた?!注目の「空白域」のようですが、さすがに予期せぬ事態、事後対策しかないのかと痛感しています。

地震予知で止まるシステムの新幹線の安全神話も今回脱線事故。
直下型に弱い新幹線も露呈してしまいました。

備えあれば憂いなしですが、この台風、地震は防ぎようなくて、拒めない無念さを感じます。
特に地震はまったく予知できないので、怖いです。

昨夜の我が家では、高いところのモノを床に降ろし、たんすなどが倒れてくるのを想定して、寝る位置をなどの対策をしましたが、それくらいしかできませんでした。
とにかく天災の恐ろしさです。

被災地の状況が心配です。
今朝は5度以下の寒い朝ですので、直のこと心配です。

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